戦後保守政治の裏側6 左派リベラリズムの衰退 政治から言葉の意味が奪われた時

三宅坂の牙城

 これは世界的潮流ともいわれて久しいが、21世紀に入ってから、日本でも「左派リベラル」勢力がすっかり衰退している。【日本テレビ政治部デスク?菊池正史】

 その栄枯盛衰を象徴している場所が、国会近くにある。国会議事堂の参議院側にある北門を出て、国会図書館の正門を左手に見ながら三宅坂へと下りる坂を梨木坂という。その突き当たりにあった地上7階、地下1階の旧社会党本部がその場所だ。

  後に党名変更に伴い社民党本部となったが、2013年には老朽化などを理由に取り壊しとなった。社民党自体も弱体化し、この地に本部を維持することができず、今は、ひっそりと警視庁の分庁舎が建っている。人通りもまばらになったこの地こそが、1990年代前半まで、「左派リベラル」の牙城であり、政治の中心舞台の一つとなっていた。

 社会党は、1955年に結成され、いわゆる「55年体制」において自民党の対抗勢力として国政の一翼を担った。国会では激しい論戦を繰り広げ、時には牛歩、乱闘と実力手段にも出て存在感をアピールしてきた。また労働運動や人権活動を主導し、自民党の行き過ぎた利権政治に一定の歯止めをかけてきた。89年の参議院選挙で躍進し、当時の土井たか子委員長は「山は動いた」と述べて、注目を浴びた。

 一方で、「万年野党」という批判もあって退潮傾向が続き、93年の衆議院選挙で大敗を喫した。私は、ちょうどこの年の秋から2年ほど、社会党を担当した。折しも、小選挙区制導入を柱とした政治改革関連法をめぐって、国会は大揺れ、大混乱の時期だった。

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