野戦病院と化した医療現場 医師「終末戦争そのもの」 レバノン大爆発

2020年08月07日13時16分

【ベイルートAFP=時事】レバノンの首都ベイルートの港湾地区で4日に起きた大爆発は、市内の病院を「終末戦争」さながらのカオスに陥れた。(写真はレバノンの首都ベイルートの港湾地区で4日に起きた大爆発で破壊された市内のワルディ病院の病室)
 市中心部のオテル?デュー病院で5日、AFPの取材に応じた外科医、アントワーヌ?カーバン氏は、患者と同じように頭に包帯を巻いていた。60代後半のベテラン医師は普段自分が勤務する病院でこの日、患者の側にいた。
 「負傷して道路の真ん中で血を流している人もいれば、病院の中庭に倒れ込んでいる人もいた……昔、国境なき医師団(MSF)でアフガニスタンへ行ったときのことを思い出した」「ハルマゲドン(キリスト教の終末戦争)そのものだった」
 大爆発による負傷者は4000人以上。市内各地の病院も激しく損壊した。その病院に負傷者はよろめきながらたどり着き、あるいは運び込まれた。4日夜、病院はどこも負傷者であふれていた。
 今回の大爆発によって、すでに新型コロナウイルスの流行と深刻な経済危機の中で悪戦苦闘していたレバノンの医療機関に、さらに大きな負荷がかかっている。
 4日午後6時(日本時間5日午前0時)ごろ、職場近くのコーヒーショップにいたカーバン医師は、爆風で20メートルほど吹き飛ばされた。自分の病院は数分で負傷者があふれかえり、見知らぬ人がバイクで他の病院へ急送してくれた。1時間ほど待たされた後、路上で頭の傷を縫ってもらった。

■「娘さんはもう死んでいる」
 一夜明けても、現場の混乱は収まらなかった。降り注いだガラスの破片でけがをした人々が、壊れた機材やがれきであふれるオテル?デュー病院の廊下を一晩中さまよっていた。
 子どもの容体を必死に尋ねる母親たち。他の病院から移送された妻の様子をすがりつくように尋ねる老人。聞こえてくるのは耳障りな携帯電話の着信音と、疲れ切った声で交わされる会話。大抵は爆発をどう生き延びたかという体験談だった。
 オテル?デュー病院のジョルジュ?ダバール院長によると、同院では4日に少なくとも300人の負傷者を治療し、うち13人が死亡した。15年にわたったレバノン内戦中、医学生だったダバール医師は「当時でさえ、昨日のような光景は見たことがなかった」と述べた。
 ある少女の家族のことを思い出しながら、ダバール医師の声は震えた。「幼い娘を助けてほしいと運んできた父親に、娘さんはもう死んでいると言うのは本当につらかった」
 病院では少なくとも5人の看護師が死亡し、医師や患者数人が重傷を負った。「この国のもろもろの状況、それからコロナウイルスの流行のせいで医療チームはすでに疲れ切っていた」「けれど昨日の危機的状況を前にして、みんな素晴らしい団結を見せた」とダバール院長。調理師から保守係まで、スタッフは一丸となって病院を開け続けた。

■新型ウイルス患者の避難
 一方、ベイルート最古の医療機関の一つ、聖ジョルジュ病院はもっと不運だった。天井は崩れ、割れたガラスが降り注いだベッドの上に電気の配線が垂れ下がっていた。
 「うちの病院は診療を停止した」と医局長のエイド?アザール氏は言った。「今の経済状況では、修復にどのくらい時間がかかるかも分からない」
 スタッフは夜明け直前までかかって患者を避難させ、機材や書類を運び出した。患者の中には、非常に慎重な移送が必要な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療中の患者20人も含まれていた。
 野外病院と化した中庭では、血まみれの白衣を着た医師らが、爆発のショックに陥った人々を手当てしていた。「まさに次々と負傷者がやって来る中で、患者でいっぱいの病院を丸ごと避難させるほど難しいことはない」とアザール氏は述べた。「病院のスタッフ自体負傷していて、私たちは自分の病院で働く人々も移送しなければならなかった」
 爆発によってエレベーターは止まっていたため、医師らは9階分の患者を一人ずつストレッチャーに乗せて運んだ。電気も水道も止まっている中、看護師らは大きなリスクを冒しながら全力で救命措置を提供した。
 「病院の電気は通常24時間ついている。それが真っ暗闇になった」という臨床専門看護師のララ?ダヘルさん。「昨晩は携帯電話のライトを頼りに負傷者の縫合手術を行った。どうやってやったのか分からない。こんな状況は初めてです」 【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕

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